公園の暮らし エノアールカフェ


by bluetent

カテゴリ:ブルーテント村( 25 )

秋から冬へ

公園の木々は赤、黄と色付いています。
落ち葉がヒラヒラと落ちるブルーテント村の風景は、静かでゆったりと時間が流れています。

 先日、2年前にアパート移行事業を受け、テント村からアパートへ移り住んだKさんがエノアールに遊びにいらっしゃいました。Kさんは、公園内で移動する前のエノアールのすぐとなりで、Sさんと一緒に住んでいました。KさんとSさんは年が20歳位離れたカップルで、KさんはSさんのことを「ねーさん」と呼んでいました。
 アパートに移り住んでから、私は、時々KさんとSさんの部屋へ遊びにいっていました。Kさんは、アパートに移り住んだものの、なかなか彼に合う仕事が見つからず、とうとう体をこわして、生活保護で生活するようになりました。Sさんは、テント村にいたときから、お話が上手でとても人気者でした。テント村の麻雀小屋でときどき麻雀をして楽しんでいました。また、ダンスもとても上手で、テント村住人のブラジル人のFがギターでボサノバを弾くと、さっと立ち上がって、70歳を越えているとは思えない軽やかなステップを踏んで踊っていました。そんなSさん、アパートで暮らすことは大変退屈で、つまらないと言っていました。テレビを見て、Kさんが帰ってくるのを待つという毎日。「ボケそう・・・」とつぶやいていました。そんなふうにSさんは心配していましたが、私はSさんに会うたびに、顔色が悪くシワが増えていくのを見て、すでに心配していました。アパートに移ってしばらくしたその時、私は初めて「Sさんって、おばあさんなんだ。」と思いました。アパートに移り住んで一年くらいたったその頃からでしょうか、Sさんはよく体調を壊していらっしゃったようです。

 そして、今年の春。テント村の元住人から、「Sさんがもうダメかもしれない」と聞きました。Kさんは、病院から自宅へSさんを連れて帰り、毎日看病して、Sさんが食べたいという料理を作り過ごしていると聞きました。
私は手伝いかお見舞いをと、Kさんに電話しました。
 「ねーさんはもうだめだ。癌で、2ヶ月もてばいいとこらしい。でも、お見舞いはいらないよ。本人には言っていないから」ということでした。

 それから、梅雨の頃。Sさんは亡くなったと、元住人から聞きました。Sさんは75歳でした。
 すぐに、偲ぶ会をしようと提案がありました。私とtくん、元住人のZさん、Rさん、そしてKさん。私たちはテント村の、以前2人のテントがあった辺りでシートを広げて開こう、雨が降ればキッチンのテントで開こうと提案しました。しかし、Kさんは近くの街のカラオケボックスで開きたいと言いました。私たちは、Sさんを偲ぶのにカラオケを歌うことは難しいし、そぐわないのではと、思いましたが、Kさんはどうしてもカラオケにいきたそうで、「にぎやかにしてやってくれ」と言っていました。私はそういえば、テント村でふたりが住んでいた頃、パチンコで勝ったら、ふたりでカラオケへ出かけていたのを思いだしました。その時のSさんはお化粧をしておしゃれをして、Kさんの腕に軽くつかまり、「出かけてくるわ」とエノアールにいる私たちへ、うれしそうにいつもより上品に挨拶していました。
 Kさんはその思い出のカラオケで、にぎやかにSさんをおくりたかったのかもしれません。
 その日は、やはり雨が降っていました。私たちは、Sさんの写真を持っていたので、そのカラオケに持っていきました。すると、力持ちで、将棋もとても強くて、体格の良いKさんはその写真を見て涙を流して泣いていらっしゃいました。そして、「もう、たくさん泣いた。これでもかと泣いてやった。でもまだ泣くんだ。」とソファーにその大きな体をだらーんともたれていました。
 ZさんとRさんは、男女の恋愛ものとか、やくざものなど、私は聞いたことない歌を歌っていました。Kさんはふたりの歌を聞きながら、Sさんと最後の一ヶ月を部屋で過ごしたことや亡くなってから、分骨してもらった灰を少しは以前テントのあったところや思い出の場所にまき、あとの少しは、毎日ご飯に混ぜて食べたと私に話してくれました。
そして、部屋の物をほとんど捨てたと、話していました。Kさんは、もうアパートを出るつもりでいました。
 2時間で注文したカラオケがおわり、みんなありがとうと、本当に良かったといっていました。Kさんは写真は預かっておいてくれといいました。「真っ黒になって現れるかもしれないよ。それでも遊びにいっていいい?」と笑いながら私とtくんに尋ねました。私は、「ぜひぜひ。一緒にお茶を飲みましょう。」
 そうして別れて、数日がたち、すぐにKさんとは電話は繋がらなくなりました。

 何処に行ったんだろうね?体が悪いのに。そう話す、テント村に毎日のように遊びに来るの元住人のZさんは時々話していました。
 ある日、Zさんが、「Kさんこの近辺にいるうわさがある。そうだとすると、そのうち来るんでないかな。」と、いっていました。
 そして、案の定、先日、絵を描く会の時、痩せて無精ひげをはやしたKさんが現れました。
 私は、「Kさん!」といったまま、ジーッと顔を見ていたので、Kさんは「そんなに見られるとなぁ。」と言いました。「ごめんなさい。だいぶん痩せたから。」

 私はお茶を入れました。tくんはKさんと冬支度の服を探していらっしゃいました。今は路上に寝ているようでした。真っ黒にはなっていなくて、暖かそうな赤いジャンバーを来ていました。Kさんの路上生活は、楽ではなさそうだけど、顔を見て私はホッとしました。
 私はインスタントのうどんを作って、Kさんは黙々と食べました。食べ終わると少し元気になったようでした。そして、それではと、立ち上がり、{また、」と言ったので、また来て下さい、と言いました。のしのしとKさんは歩きます。そういえば、2年前、Sさんがよくエノアールのソファーで出かけたkさんの帰りをまだかまだかと待っていたのを、思い出しました。Sさんは「私、とっても目が悪いけど、Kさんは歩き方の雰囲気で遠くからでも、Kさんが帰ってきたって私にはわかる。」と言っていました。
 ひとりになったKさんは、つい最近までふたりでいたアパートでひとりで暮らすよりも、路上でひとりになることを選んだんだなぁと考えて、見送りました。

 これからも、どんどん寒くなります。とても心配ですが、Kさんは誰が何を言っても、きくような人ではないし。またここに来るかなとも思う。だって同じ街にいるから。こうして、同じ街のホームレスがメンバー化していて、コミュニティーみたいなもので、この街全体が家みたいなものだと思う。
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by bluetent | 2008-11-19 21:29 | ブルーテント村

路上でエノアール

路上でエノアールを開きました。
ストリートでは、歩いている人がいたり、寝ている人がいたり、会議をしている人がいたり、宴会をしている人がいたり、カフェをしている人がいたり、いろんな風に人が集まっています。
ここは、いい路上ですね。

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by bluetent | 2008-04-23 18:40 | ブルーテント村

エノアール広島

物々交換カフェ
エノアール広島の交換物です。たーくさん!繁盛、繁盛
バックの中から何かないものかとごそごそと探して出してくださった物々交換品や、事前に用意してくださった物々交換品。高校生の男子達の一人は、大繁盛のエノアールカフェをウエイターとして手伝っていただき、お茶と交換しました。
「ナゾ茶」と「思いつき茶」が大人気でした!
(だからといって、おいしいというわけではない。だからといって青汁みたいに、体にいいというわけではない。)
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ポケットティッシュ大量
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by bluetent | 2008-04-17 18:25 | ブルーテント村
昨日、反貧困フェスティバルで、エノアールとふぇみんの物々交換カフェを開きました。
シュレッターの紙のクッションや、コンビに袋の看板、ブースを囲んだ低いゲージ。すべてゴミでデコレーショ~ン。

桜の木下で、ぽかぽかあったか。
いろんな人がいらっしゃっていろんなお話や絵を描いたり、ありがとうございます。
キョートット出版の社長、ユニオン・エクスタシーの人、カンカラ三味線の岡タイスケさん、ノラのメンバー、ご近所の親子、福島瑞穂さんもご来店でした。

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by bluetent | 2008-03-30 19:09 | ブルーテント村
 1月、同じ公園内に集住していた4つのテントが、私たち約40件ほど住んでいる村へ移動してきた。これ、管理事務所や公園適正課が、その場所を工事するからという口実で執行。こう言って、工事しないまま立ち入り禁止の標識が立ててある光景は、もうお馴染みです。
 テントが増えるということで、ご近所さんが増えることは少し楽しみ。いい人達だったらいいのにな。この人達は缶をやっているみたいで、彼らを知っている缶のKさんの噂では、いいひとたち♪らしい。でもKさんが言ういい人っていうのは、たぶん、あたりさわりのない大人しいタイプ。Kさん曰く、ジョーシキ的。私には、このタイプをいい人と言えないのだけど、缶仕事のコミュニティーの中でも問題なくやっていける人らしい。
 私のテントの比較的近くに引っ越してきた。今はあいさつ程度です。

 それにしても、この村、女が足りない。
 パン・ティーパーティーやノラの活動で女の人達が来るとめちゃめちゃ救われた気分になる。でも、ドッとしんどくなるタイプの女の人もたまにエノアールにくる。しょーがないけど。この人の発言に、私はビックリ仰天したことがある。彼女が言うには、自分が女の友達が極端に少ないのは、どや街などに行っているからかしら、と。ちょっと、ちょっと、越冬行って泊まり込んで手伝ったりしながら、そんなこと思ってるって、どうなのよ。私は男環境で生活していますが女の友達たくさんいるし、こんな環境だから女の友達はすごく大切。この人こんなこと言って女の友達なくしていくんだぁって思いましたー。

 しかしそんな人も、エノアールに来てもらってOKでーす。てか、エノアールは色んな人がきてこそエノアールだと思う。ここ一年のエノアールは私にとってちょっと居心地悪い。癒しの要素が多すぎる。それじゃなんだか不自由。
 エノアールは、酔っぱらいも来ます。失礼な人も来ます。社会的立場が高い人も来ます。外国人も来ます。活動家も来ます。コジキも来ます。リーマンも来ます。教師も来ます。エロおやじも来ます。フェミも来ます。子供も来ます。そんな人達が集まって交流し、けして癒される所になるはずがありません。
 最近のエノアールで今日はいいエノアールだったっと思える日は去年の春に一度だけあったきり(それは、学者と元テント村の住人がのびのびと飲んで酔っぱらって、公園のおしゃれカフェだと思って来てしまった女子がビビって、私は彼らに彼女の恐怖を伝え、彼女に「この人たち、怖くないよ〜」と伝える。エコロジストがそんなの気にせず太鼓をたたいて、土や木々と交流。それを元住人がみて、あんたなんでホームレスにならないんだと質問。エコロジストが輪廻とリサイクルについて語り、あちらでは酔っぱらった元住人が草むらで吐く。その人を学者が(この人、世の中じゃエライ学者)介抱。)。その時のようなエノアールは、会話がぐちゃぐちゃに入り交じって、それは遊園地みたいに、メリーゴーランドあり、絶叫マシンあり、ジャンクなものあり、といった具合に進みます。
そんなダイナミズムがエノアールであってほしい!
でも、これは、私にとってのエノアールであって、他の人達は違う。他の人達は、エノアールに来る人は、ある程度ジョーシキ的な人だけであってほしいようだ。そして、今、ジョーシキ的な人達のためのエノアールに近い。そんなエノアールに私は違和感がある。
どうすればよいのか考え中。

*******
そんなことを思っているところ、テント村のキングがテントを出ていった。本人は足が悪くなって、寒いので、新宿の地下へちょっと避難というつもりだったらしいが、思った以上に、追い出しが厳しかった。また、親しくしていた教会の牧師さんの紹介で施設に入るが、そこには相性の悪い人がいたり、ご飯のおかわりが出来ないからと、その施設を出てきて、地下に戻る。しかし、足がとうとう動かなくなって、救急車を呼んでくれと警察に言ったが呼ばれず、ホームレスの支援団体が回ってきて、やっと病院へ救急搬送された。
そして、キングが入院中、本人の確認ナシに(福祉課は確認したと言い張る)公園にあるキングの小屋は管理事務所に撤去されてしまった。

 おおきかったキングの小屋がテント村から無くなり、とてもさみしい光景に見える。
キングの暮らしは、けして機能的な生活ではない。器用でもなく、運動神経も良くない。でも、こういった生活を20年近くやっている。新宿のダンボールハウスの村にも住んでいたことがあった。新宿のダンボールハウスの村にもコミュニティーがあったらしい。その時のことを思い出して、キングは新宿の地下へいったのかもしれない。キングの相談を受けていた私やtくんが出稼ぎで出かけていたときにテント村を出ていった。
 やっと、落ちついて再会できたときは、キングは病院のベットの上で、小屋はなかった。キングに小屋が撤去されたことを伝えると、キングは「帰れないんだー」とショックを受けていた。

 もう一つ、エノアール横のテントが無くなった。Mr.nさんのテント。彼は、エノアールを始めた頃に、あちらこちらからお客さんを連れてきた人だ。エノアールの横にいつも彼のテントがあった。最近は、実家や友人の所を渡り歩いているようで、あまりテントで寝ていなかった。最近はこの日の為だけに公園に戻ってきていた。先日の月一回テントを畳まなければならない時、またいつものように管理事務所から「いないなら出ていってほしい」と言われる前に、「テント、もういらない!」とMr.nさんはなげやりに管理事務所に言った。

 その前に、私はtくんと「テント残しておいた方がいいんじゃない?」「暖かくなると泊まりたくなるよ」と言って引きとめてもみたが、もう、管理事務所が彼がいるかどうかチェックされる事や、いろいろ言われることにウンザリした様子だった。
 私はMr.nさんが荷物を片づけたり、今回の旅で何処へ行ってきたとか誰にあったとか2,3人と一緒に話しているのを聞いていると、3,4年前のエノアールのことを思い出した。
毎日毎日、テント村で色んな事件がおきて、とても忙しかった。ほとんど毎朝、誰かが「いる?」って声をかけられて、目覚めていた。それは慌てている感じの声だったり、おしゃべりを誘っている声だったり、色々な声。
いつもMr.nさんは私の食事時にきて、おいしそうね、と言う。食べ物ちょうだいと言う。

Mr.nさんは私にセクハラ発言をする。とてもお調子者。それで、さんざんな目にあった。しかし、エノアールには重要人物だった。
テント、畳まなくてもいいじゃないの。もう。
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by bluetent | 2008-02-22 15:11 | ブルーテント村

エノアーin近江八幡

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ロンドンについで、次の出張エノアールは滋賀県の近江八幡です。
雪がすごかったー。
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by bluetent | 2008-02-14 20:58 | ブルーテント村

Hello〜!

エノアールin London
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絵を描く会with Homeless in London
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国際ホームレスアートフェスティバルにて
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by bluetent | 2007-08-31 18:46 | ブルーテント村

新聞部結成!!

続きまして、
新聞部、出来ました!

盛り上がってきましたよーーーー!テント村のごく一部ですが・・・
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by bluetent | 2007-05-25 22:30 | ブルーテント村
f0041167_22425972.jpg物々交換カフェ・エノアールはメーデーの前日、メイドのいるメーデード・カフェになりました。

貨幣経済から離れ、客は、物々交換でメイドにお茶を入れていただく
カフェ・エノアール
メーデーにちなんで、働いている側(メイド)が主体となります。
「いらっしゃいませ、ご主人様」とか「いらっしゃいませ、お嬢様」などは言いません。いや、言うかもしれません。働いている人が楽しく、心地良いことを目的とします。
★メーデード参加者
コジキャルfrom公園、敦くんfrom新宿、元メイド&メイドパフォーマーfrom
アキバ、20年前コスプレメイド経験者などfromエンジ

いやー、とりあえず、ありがとうございました。
カフェエノアール引っ越して以来の大入りでした!Why?!(ゥワ〜〜ィ?!!)
しかも、テンション上がっている男客、多!
外国人、多!
レースフリフリ、スカートフリフリのロリータの敦くんも、「ニャンニャン」と連発で言ってました。
セーラー服給食当番のコスプレをしていた自治会長の私は、大忙しですわ。
マナー悪い客は、過剰に、問い詰めたりして楽しかった♪
しかし、
元メードの手作りクッキーに感動!!!
一生懸命作って大遅刻して、急いでやってきて、たくさんの色んな顔クッキー。
愛がこもってたよ!これぞ本物のメイド!
オラァ!拝んで食えよ、客!
20年前にコスプレのメイド服を手作りで作っていたメイドの工夫コサージュはさすが!
メードパフォーマーの宇宙語も聞けたし。

よかった、よかった。

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メイドの手作り顔面クッキー

なお、メーデードカフェは、この日のみ。
次の土日からは、通常の物々交換エノアールカフェになります。
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by bluetent | 2007-05-01 23:14 | ブルーテント村

文芸部 結成!!!!

どんどん結成されます。部活動。
手芸部につづいて、文芸部結成です。
部員5人。
月に一回、作品を合評しあいます。
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by bluetent | 2007-04-08 20:59 | ブルーテント村