公園の暮らし エノアールカフェ


by bluetent

カテゴリ:ブルーテント村( 25 )

大阪に行ってきました。トークイベントと「鬼ヶ島」のライブをするために。
企画側から新幹線代もらって、18キップ使って行った。

26日、鈍行電車の中、本を読んだり寝たりを繰り返し、一日がかりで移動。
夜、9時頃、天満に到着。
その日、お泊りさせてもらうMさんと待ち合わせて、天満の商店街を案内してもらった。
天満は安いおいしい食堂がいっぱい。
Mさんは、某月刊雑誌の連載されているフェミニズムのコーナーを書いている一人で、以前エノアールや私のことも取り上げて書いてくれた。そのMさんの文章がステキなんです。
 500円でうまい定食を食べて、歩いてMさんの家に向かう。
きらきらのビルと赤い観覧車が見える。Mさんは、同居人4人と一緒に、小さな寮みたいな一軒家に住んでいる。犬のアナちゃん、お出迎え。アナルのアナなんだって。男にはなぜか吠えることがあるらしい。でも、一緒に行ったteくんに吠えていませんでした。
屋上付きの三階建てのお家。共同生活、楽しそうだったな。

次の日の朝、Mさん家から歩いてすぐ、扇町公園のテント村を訪ねました。
とっても、小さな小屋が並んで、長屋みたいになっていました。
毛がチリチリの犬がたくさんいた。
公園の境界のフェンスとバリケードに囲われた村もあった。バリケードは、再整備工事を行うので、出て行きなさいという圧力。でも、住んでいる人に聞くと、バリケードは襲撃から守られるのでかえって良いらしい。
その日の夜、扇町公園で夏祭りが行われるらしく、長居公園や西梅田の人達も来て、早速、準備していた、私達も、炊き出しのカレーとホルモンで使うにんにくの皮むきを準備を手伝いました。
昼、イベント会場入リ。荷物を置いて、鬼が島のライブのため、釜が崎にゴミを拾いに 行く。
釜が崎には、存在感がある人いっぱい。ところどころ道の脇に、ゴミが固まって山になっている。フリーマーケットが有るみたいで、服や、置物など色んな「宝のゴミ」。きっと、これらは大阪の色んな街からきたゴミ達でしょ?だって、このドヤ街では、タンスとかレコードとか、置時計、ギターとかあんまり出ないのではないかしら。
数人が既にゴソゴソと、あさっていた。コレこそ文化!豊かな日本、東も西もゴミだらけで、
ゴミの山から、楽しいもの探す。ゴミだから可能性もいっぱい!
 私とteくんは、釜が崎を一周しないうちにたくさんゴミを集める。ゴミ袋に入りきれず、すぐに両手がいっぱいになった。これで、「鬼が島」の準備ができた。
三角公園の街頭テレビを見ながら休憩。地面にごろごろしている人も、自転車を跨いで片足をペダルに乗せたままの人も、「新婚さんいらっしゃい」を見て、一緒に笑う。

「鬼が島」のライブのため、ゴミ袋5つくらい、シケモク、三輪車、をイベント会場に運んだ。
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by bluetent | 2006-08-30 17:21 | ブルーテント村
 都の職員が、プリントを持ってテントを回っていました。
 そのプリントには---この辺りにバリケードを立てて、10月頃から整備工事が始まるので、東京都、渋谷区の福祉システムをうけるなどして、自立の努力をして下さい。というお知らせでした。

あら、やだ。「自立の努力をして下さい。」ですって。
自立の努力って何だ?この、ムラムラする言葉はなーに?
他人に要求される自立ってなんだ?
自立の努力って、どこへ向かって行くことでしょうか?
 (でも、その都の職員が言ってました。テント畳んでくれりゃそれで良いんだって。そのまま、荷物持ってベンチや地面,路上で寝ても良いんだって。なぜなら、公園を訪れる利用者と区別がつかないからだそうです。 「自立」とか言っちゃって、やーねぇー。この人達。←記7/14)

とりあえず、9月まではいられるってことで、
なら、それまで何しようか?と思い巡らしています。パーティーとか、夏のキモダメシとか、演芸会とか、元公園住人の同窓会を立ち上げたり…。
公園解放デモってどうかしら。野宿生活者と、レイヴやってる人たちとか、スケボーしている人達と一緒に。何が実現するか分かりませんが、いろいろ考え中。
お楽しみに★

皆さん、あと約3ヶ月間ですよ!いらしてください!
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by bluetent | 2006-07-13 18:47 | ブルーテント村
ジェラルドの「どこでも自転車 ハローゴミ」展
6月24日(土)25日(日)
エノアールcafeで開催しました。

二日間たーくさんの人がいらっしゃいましたー!ありがとうございます。
円いテーブルでジェラルドの作品ファイル(足跡)とトークを堪能したことと思います。
時間がなくてお話しできなかった方は残念でした…。

ジェラルドは2日間しゃべり続けていました。疲れ知らず!
私だったらあんなにたくさんの人とたくさんしゃべったら、しばらく黙り続けてしまいそう。
しかし、ジェラルドの場合は、次の日もその次の日も、いろんなこと、話せるのです。
スゴイなー。

展覧会の4日後、ジェラルドは成田空港へ自転車で向かいました。
彼のsanpo散歩の旅は続くようです。

「次に来る時、エノアールはないの? 残念…。」と、ジェラルド。

「MaTaNeeeee」と言ってエノアールを後に出発しました。
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by bluetent | 2006-07-13 17:40 | ブルーテント村

私です

私は、黙らないことにしたのですよ。
 番組を見て、エノアールを訪れた方々、これから訪れる方々、以前訪れた方々、とにかく番組を見ていた方々全員に言いたい。
 ある日、あるテレビ番組のディレクターがisourou1とエノアールを撮影をしたいと言ってやって来ました。ディレクターは、ホームレスが住む村にカフェがあるということを取材したいと言っていました。エノアールを開いている私とisourou1は、テレビカメラを避けている近所の人達やエノアールに来る人達にとって邪魔にならない程度なら取材を受けることにしました。
 しかし撮影中、撮影のことは知らずにエノアールに来たひとりが、カメラを気にしたのだと思いますが、すぐに帰ってしまいました。ですから私は、カメラが私たち2人を追っているとカメラを避けている人達と近づきにくいので(ディレクター側はカフェに来る人達を撮りたかったからです)、とりあえず私は撮らないようにしてもらい、いつものような開かれたエノアールを私は維持することにしました。
 撮影最終日の午前中、番組ディレクターは、私個人にいくつかの質問をし、それを撮影しました。「ここに、どうしているのか?」「ここに、住めないことになっているがそれについてどう思うか?」「女性のためのティーパーティーについて」などです。それに対してまず、私は、この村の人達が自由に使える時間をたくさん持っていて、コミュニティーがあり、その豊かな暮らしに感激し、そしてこの中で絵を描く会を開きたいと思い、ここに住み始めたことを話しました。次に、住居の場所とされていない公共の公園で、豊かに住むことをこの村は実践していて、多くの人がこういった暮らしを望んでいるかも知れない。と答えました。そして、女性のためのティーパーティーについて、丘の上で楽しくやっている様子を話しました。
 しかし、それらの私の声や言葉を取材したにもかかわらず、まったく私の意志は放映されませんでした。
 番組の中では、「彼には共同生活を営む女性がいた。」と意外だというような声でナレーションが入り、テロップ「女性の存在が」と、その女性が「料理をする」映像という組み合わせ。そこに私が映っていました。また、「エノアールを一緒につくっていこうというパートナーです。」とテレビ画面の私は言っていました。こ、これは、撮影の初日に「彼とはどういう関係ですか?」と質問されたのです。だから、そのように答えました。私は、料理を作る女ですとは、答えませんよ。しかも、この映像の時の食事は、彼と一緒に作っていました。ディレクターは私にいくつかの質問をして、私の意志をたくさん確認した結果、私ではない女性像を彼に添えて放映したのです。
 私は、このことを、番組を見たときに初めて知りました。私がいないことになっている。空虚感。じんわりと憤りがこみ上げました。まただ。またコレか!と。このような紹介され方なら、まったく出ないほうがマシ。
 番組を見た後、明確なことがなくて、私は何も言えませんでした。が、2日後、数人からの励ましのメールで次第に元気を取り戻していたisourou1に私の憤りを伝えました。まずはエノアールのパートナーから伝えていかなければ。
 「女性であることがそんなに驚くべきこと?「この男に女がいる」って男の付属の女みたいに紹介され、パートナーってことを、女は料理というイメージに勝手にねじ曲げている!そういうねじ曲げも自覚してないじゃない?あの人(ディレクターのこと)!」と感情的に。
 黙るものか。誰も気が付かないから。
  番組放映数日後ディレクターが来ました。私は怒りをぶつけましたが、伝わった気がしなかった。伝わってんのかしら?
 その後も、番組見ましたといってエノアールにいらした方々にまず、その私の憤りを話しました。なぜなら、コメンテーターに対する怒りや意見はエノアールにいらっしゃるほとんどの方々が同じように思っていることですもの。ですから、私はあまり知られていない私の憤りを話し、皆さん、それを聞いて下さいますが、あまり意見はありません。でも私は言っておきます。そしてその後、みんなでコメンテーターの話で盛り上がります。
言っておかないと、私はエノアールに居れなくなってしまいます。
 今までもこれからも、私は、黙らないことにしたのです。私は女性ですが、私です。
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by bluetent | 2006-05-26 00:09 | ブルーテント村

ブルーテント村

大都会のド真ん中の大きな公園の奥に、テントや小屋が建ち並ぶ村があります。そこに多くの人々の暮らしがしっかりとあり、私はここをブルーテント村と呼んでいます。どの家も堂々とした存在感をもっているように見え、それらが周りの木々に調和しながら集まってテントや小屋が建っています。
私は、ここに暮らして2年が過ぎました。

一年前は、ここに350人ほど住んでいました。しかし、今、都の「ホームレス地域生活移行事業」により、この村の人々が次第にアパートへ移り、ここに住む人は60人ほどになりました。ここにはかつて、助け合いや協力し合う暮らしがありました。その共同体が壊れていっています。
さみしい。

 私の隣に住んでいたsaさんのアパートに伺いました。
 彼女は「退屈で、死にそうよ!」と、言っていました。彼女がこの村に住んでいた頃は、生き生きとしていて、死にそうな様子は、まったく見受けられませんでした。彼女のここの暮らしは、近所の人達と楽しく愉快に話し、彼女の好きな音楽が流れると得意のダンスを踊っていました。74歳とは思えないほど若々しく元気で、そんな明るさに引き寄せられるように近所の人達は彼女を取り囲んでいました。
 今のアパートでの彼女の生活は、炊事、洗濯、掃除、そして、テレビの前でジーッと座っていること。何かとお金の掛かるアパート暮らし。お金がたくさんないので、公園の友達に会いに行く電車賃がないとも言っていました。彼女は、コミュニケーション能力の優れた人ですが、アパートの近所の人達と楽しく話すことが難しい地域に住むことになりました。「退屈で、死にそうよ!」

お金がなくても豊かに生き生きと暮らせるブルーテント村。いつか出ていけと言われる事は、わかっていたけど、何年も住んでしまうブルーテント村。
 私はここで、元々人の持つ優れた力や魅力を思い知りました。
 そのことについて書いていこうと思います。

そして、私は、かつてここに住んでいたキクチさんという、思い出すだけでドキドキする人に手紙を書いています。チョコレートが大好きなキクチさん。バレンタインDay2日遅れでキョートット出版から出版される本「Dear キクチさん、」について、色んな人から意見が聞けるいいなと思っています。

現在、公園管理事務所の人達からの圧力が強くなってきています。彼らの乱暴な発言や、態度に心痛むこともあります。私はもうすぐ、しなやかに公園から出ていこうと思います。
4月、5月くらいでしょうか?
でも、タダでは出ませんよ。
まだまだ、ブルーテント村でやりたいことがあるのです。



キョートット出版「Dear キクチさん、」http://kyototto.com/book2.htm
ホームレス地域生活移行事業http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/press_reles/2004/pr0216.htm
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by bluetent | 2006-02-17 00:09 | ブルーテント村