公園の暮らし エノアールカフェ


by bluetent

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2月23日木曜日
今日は、丘の上で「第26回 女性のためのティーパーティー」を開いた。
これは、月の最後の(木)に、ブルーテント村の女性が集まって、お茶やお菓子を食べながらワイワイと話を楽しむパーティー。

 今日の参加者は、erさん、saiさん、maさん、saさん、私、そして、男性のfuさん、muさんがいらした。saiさん、maさん、saさん、男性のfuさんは以前、公園で共に暮らしていた方々で、今はそれぞれアパートで生活している。
 曇っていたが暖かく、丘の上からは満開の梅の花と、立入禁止のロープに囲まれた数十カ所のテントや小屋の跡地が眺められた。
最近カラスが巣作りのために、木々に集まって、カーカー賑やかになっている。

 saiさんは、アパートで生活し始めたときは、蛍光灯やテレビなど電気が使えて面白かったけど・・やっぱり公園の暮らしがイイと話す。そりゃそうよ、と皆うなずく。
 maさんは、ここに住み始めてから持病の喘息が出なかったが、街で暮らすようになって心配だわ、と話す。
 74才のsaさんはお金が無くて、とうとう福祉事務所に行って相談した帰りにここへ立ち寄った。生活保護の手続きのため、生前の親の仕事、いつ小学校を卒業したか、空襲で無くなった家、今まで何処で何をしていたか、などsaさん本人も忘れたようなことまで、聞かれてややこしいと、話し、お金がもらえるのかどうか不安の様子。すでに精神的に体力的に疲れている状態で、そういった手続きをしなければならず、保護が受けられるかどうかもわからず、もうぐったり疲れていた。
 erさんは来月、パートナーのmuさんとワンルームのアパートに入る予定。今の生活空間よりも狭いが、まあ、住めば都かもしれないし・・・と、すでにアパートに入っている3人の話しを聞きながら、どうにかポジティブに話す。

この女性のためのティーパーティーは、このブルーテント村に350人の住人が住んでいた昨年までは、10人くらいの女性が集まって、とても賑やかだった。強烈な悪口の言い合いもあったが、あくまでも平和とユーモアが漂い私は心地よかった。この村に、点々と20名ほど女性が住んでいたので、村を眺めても、女性を見つけることは難しい。
 ここに、私が今まで経験したことのない(入ったことのない)男性社会があり、「こんなことって、あるんだー」と、当初私は、のんきだったが、次第に、こりゃ厄介なことになりそうだと感じて、この女性のためのティーパーティーを企画しはじめた。勿論この村では初めてのこと。しかし、この村が大きくなってすでにコミニティとなっていたから、この企画が自然発生的に感じら受けいられたのか、女性達はすんなりと参加してくれた。この村の多くの場所から見える、丘の上で、パーティーを開いているので村の人達に良く知られるようになった。女性達がワイワイやっている姿を見て、差し入れして下さる男性も多い。普段は女性を見つけては冷やかしたり(いわゆるセクハラっぽいこと)する男性も、この女性のためのティーパーティーには、遠くから眺めているだけで、けして、中に入ってこない。
 今日の女性のためのティーパーティーに、中に入らないが、男性のfuさんがいらっしゃるのはワケがある。
 このティーパーティーでは、余った物を持ってきて分け合うことをしている。その物の多くがfuさんが放出している。
 彼は、まだ使えるゴミを収集して、それをきれいにし、路上でフリーマーケットを開く仕事をしていた。それはこの村ではポピュラーな仕事だが、その中でfuさんは最も業績を上げている。大きな太鼓腹に吊りバンドをして、ハンチングキャップをかぶり、童話にでてきそうな骨董品屋のおじさんのような雰囲気で、路上に並べられた古道具と一緒に立っている姿を見ると、通行人はつい立ち止まってしまうのだと思う。
 数回のフリーマーケットで売れ残った物は、長く在庫されず、fuさんの売れ残りは、ティーパーティーに寄付されている。しかも、fuさんは、カワイイもの好きなので、収集する物もそう言った物が多く女性達にはウレシイ。毎月段ボール3つほどの服やバック、日用品、化粧品が出る。
 彼が私の隣に住んでいたので、私の持ち物も彼からもらった物がほとんどといっていいほど。だから私は、fuさんの苦手なボタンの付け直しや、ほつれの直しなどを手伝ったりしている。それにしても、かれは、女性のためのティーパーティーのパトロンと言っていいほど、大量の女性服や、化粧品を捨てずにとって置いてくれた。
 私が毎回ティーパーティーに服やバック、日用品、化粧品の入った3つ位の段ボールをウキウキと台車に乗せて運んでいくと、女性達は目をキラキラさせるのです。
 そして、ティーパーティーでfuさんがパトロンとして女性達に認知されるようになった頃、fuさんはひょっこりパーティーに現れました。女性達は大歓迎して、どうぞどうぞ、席を譲るがfuさんはパーティーの中には入らず、横でお茶とお菓子を食べながら少し話をしてテントに戻っていきました。それから、毎回fuさんはティーパーティーに来て、横でお茶とお菓子を摘み、女性達がキャーキャーと服やバックを分け合っているのを満足げに眺め、話をして、テントに戻っていく。

fuさんは今、生活保護を受けてアパートに入っているが、テント村に週に2,3回遊びに来る。病気をして病院に通っているが、歩いたりする事にそれほど支障はないようだ。フリーマーケットはしていない。少しつまらなそうだ。

 ティーパーティーへの寄付はなくなったが、以前のようにfuさんは来て、お茶とお菓子を摘んで私たちと話をする。そして、アパートに戻っていった。

 現在、この村に住んでいる女性は7名ほど。今日のティーパーティーで、この村に今住んでいる人の参加は私を含め3人だけだった。他はアパートに移った人が4人。
私はホームレス地域生活移行事業を受けていないのでアパートには入らない。この村、今は私には廃村のようにみえるここに、いつまでいられるかわからない。
 でも、今日「女性のためのティーパーティー」を開いて、また来月も開こうと思った。
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by bluetent | 2006-02-24 04:24 | 女性のためのティーパーティー

ブルーテント村

大都会のド真ん中の大きな公園の奥に、テントや小屋が建ち並ぶ村があります。そこに多くの人々の暮らしがしっかりとあり、私はここをブルーテント村と呼んでいます。どの家も堂々とした存在感をもっているように見え、それらが周りの木々に調和しながら集まってテントや小屋が建っています。
私は、ここに暮らして2年が過ぎました。

一年前は、ここに350人ほど住んでいました。しかし、今、都の「ホームレス地域生活移行事業」により、この村の人々が次第にアパートへ移り、ここに住む人は60人ほどになりました。ここにはかつて、助け合いや協力し合う暮らしがありました。その共同体が壊れていっています。
さみしい。

 私の隣に住んでいたsaさんのアパートに伺いました。
 彼女は「退屈で、死にそうよ!」と、言っていました。彼女がこの村に住んでいた頃は、生き生きとしていて、死にそうな様子は、まったく見受けられませんでした。彼女のここの暮らしは、近所の人達と楽しく愉快に話し、彼女の好きな音楽が流れると得意のダンスを踊っていました。74歳とは思えないほど若々しく元気で、そんな明るさに引き寄せられるように近所の人達は彼女を取り囲んでいました。
 今のアパートでの彼女の生活は、炊事、洗濯、掃除、そして、テレビの前でジーッと座っていること。何かとお金の掛かるアパート暮らし。お金がたくさんないので、公園の友達に会いに行く電車賃がないとも言っていました。彼女は、コミュニケーション能力の優れた人ですが、アパートの近所の人達と楽しく話すことが難しい地域に住むことになりました。「退屈で、死にそうよ!」

お金がなくても豊かに生き生きと暮らせるブルーテント村。いつか出ていけと言われる事は、わかっていたけど、何年も住んでしまうブルーテント村。
 私はここで、元々人の持つ優れた力や魅力を思い知りました。
 そのことについて書いていこうと思います。

そして、私は、かつてここに住んでいたキクチさんという、思い出すだけでドキドキする人に手紙を書いています。チョコレートが大好きなキクチさん。バレンタインDay2日遅れでキョートット出版から出版される本「Dear キクチさん、」について、色んな人から意見が聞けるいいなと思っています。

現在、公園管理事務所の人達からの圧力が強くなってきています。彼らの乱暴な発言や、態度に心痛むこともあります。私はもうすぐ、しなやかに公園から出ていこうと思います。
4月、5月くらいでしょうか?
でも、タダでは出ませんよ。
まだまだ、ブルーテント村でやりたいことがあるのです。



キョートット出版「Dear キクチさん、」http://kyototto.com/book2.htm
ホームレス地域生活移行事業http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/press_reles/2004/pr0216.htm
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by bluetent | 2006-02-17 00:09 | ブルーテント村